2014年には、株式会社ぐるなび総研が選んだその年の世相を反映した料理「今年の一皿」として「ジビエ料理」が選ばれ、「ジビエ元年」として注目されました。
私たち京都村も、早くから農山村の資源であるシカ肉(=ジビエ)の活用に取り組んできましたが、当初と現在ではジビエに対する世間の認識も変わってきたことを実感しています。
そこで改めて、「ジビエってなに?」「どうしてジビエがブームになりつつあるのか気になる!」というジビエ初心者に必見だった「中丹ジビエフォーラム」に参加して勉強してきました!
当日のイベント内容を紹介しつつ、“今のうちに知っておきたいジビエのこと”をまとめてみました。
1.中丹ジビエフォーラムについて
2015年2月8日にホテルロイヤルヒル福知山&スパで行なわれた「中丹ジビエフォーラム」。150名の定員が一瞬で埋まってしまい、残念ながら参加できなかった方も多く、また、京都だけでなく他府県からの応募も多数あったそうで、ジビエの注目度の高さが伺えます。そしてなんといっても美味しいジビエ料理がいただけるのに参加費無料だったんです!次回開催も要チェックですね。
主催:京都府中丹広域振興局
2.当日のプログラム
2-1.横山真弓氏による講演“食べて見直そう、森とシカの関係”
まずは日本におけるシカの専門家、横山氏による講演からスタート。あらゆる視点からシカによる獣害被害やシカ肉についての知識などをわかりやすく解説してくれました。
横山真弓氏
兵庫県立大学准教授/獣医学博士
ニホンジカやツキノワグマなど人との軋轢がある野生動物種を対象に動物の行動等に関する研究に加え、ニホンジカの資源化に向けた衛生と疾病の監視体制、産業化に関する研究も行なっている。
特に興味深かったのが「どうしてシカ肉を食べる文化が日本では失われたのか?」というもの。
世界ではシカ肉を食べることが一般的な国が多く、もともと日本でも家畜の肉よりもシカやイノシシなどの獣肉が親しまれていました。ところが、森林資源に依存した生活スタイルを続けていた日本では、森林の禿げ山化が明治の中期ごろにピークを迎えます。森林の減少によりシカの個体数も減り、それによってシカを食べるという歴史が途切れてしまったのではないか、とのこと。
そしていま、里山の過疎化によって山に人の手が入らず、天敵もいない(そして猟師不足の)環境で、大人のメスは年に1頭子どもを産んでいます。シカの数だけ増え続けた結果、山を食べ尽くして人里にまで降りて来るようになり、年間数十億円にもなる農作物などへの被害や山の地盤弱化が生じています。
2-2.ジビエの魅力についてのパネルトーク
続いては横山氏が司会となり、フレンチシェフの杉本氏、ジビエ猟師の垣内氏、ジビエ料理店オーナー西村氏による、パネルトーク。ジビエに関わるエキスパートたちがそれぞれの視点から語ったジビエエピソードは、「そうなんだ!」の連続で大盛り上がり!
杉本 敬三氏
フレンチレストラン ラ・フィネス(La FinS) オーナーシェフ/「ミシュランガイド東京 2015」で1つ星を獲得/日本最大級の料理人コンペティション「RED U-35」初代グランプリ
福知山市出身。19歳で渡仏し、12年間に及ぶ修業を経て帰国。2012年に東京・新橋にフレンチレストラン ラ・フィネス(La FinS)をオープン。
垣内 忠正氏
京丹波自然工房(株式会社アートキューブ) 代表/ジビエ猟師
27歳のときに宝塚市から福知山市三和町へ移住。田舎暮らしをサポートする会社を立ち上げ、2013年には野生獣肉の食肉処理施設「京丹波自然工房」を設立。2014年には「KYOTO猟師教室」を開校するなど、趣味ではなく仕事ととして猟や食育を担う「ジビエ猟師」の育成に力を入れている。
西村 直子氏
Nook’s kitchen オーナー
ニュージーランド、オーストラリアタスマニア島で、料理人や料理教室講師として12年間在住。2009年日本へ帰国し、鹿肉の商品開発や「四国ジビエグルメフェスタ」を企画。2014年にジビエ料理専門店「Nook’s kitchen(ヌックスキッチン)」をオープン。
2-3.ジビエ料理試食会
パネルトーク後は杉本シェフ、ホテルロイヤルヒル福知山の料理長によるジビエ料理の試食会。イノシシ肉のしゃぶしゃぶやシカ肉のワイン煮込みなどバラエティ豊かな内容で、みなさん笑顔で舌鼓を打っていらっしゃいました。(京都村事務局はこのあとの出演準備で食べられませんでした…)
今回は一度に大量に用意できる煮込み料理がメインになっていましたが、焼くだけで十分においしいので機会があれば是非食べてみてほしい!との説明がありました。ジビエを扱っている料理店でも、素材の味がそのまま楽しめる料理のほうが人気があるんだとか。
3. 今のうちに知っておきたいジビエのこと3つ
さて、当日の模様を駆け足でご紹介したところで、今回のフォーラムでの内容をふまえ、今のうちに知っておきたいジビエ、特にシカ肉のことをここでまとめて紹介したいと思います!
3-1.ダイエットやアスリートにもオススメ!シカ肉は超ヘルシーでおいしい!
肉類の中でも特に、高たんぱく・低カロリー・鉄分豊富のシカ肉はダイエット中の方やアスリートの方にオススメのお肉なんです!インドではカラダを一番あたためるお肉だとも言われているそう。
でも獣肉特有のくさみが苦手…という方!きちんと処理されたシカ肉はくさみもほぼ無く、ほんとに美味しいんです!最近は日本でもシカ肉を扱う飲食店が増えており、日本独自のシカ肉の楽しみ方が今まさにつくられているところ。シカの生息地によって食べているものが違うので、地域によってシカ肉のおいしさも違いがあるそう。将来、いろんな地域のシカ肉がブランド化されて売り出されるかも…?!
3-2.魚と一緒?!シカだって、養殖モノより天然モノ!
私たちが魚を買うとき、同じ種類で同じ値段の養殖モノと天然モノの魚が並んでいたらどちらを買いたくなるでしょうか?やはり、天然モノを選ぶ方が多いのではないでしょうか?
極端な例えかもしれませんが、シカ肉も一緒で、養殖モノより天然モノの方が断然おいしいそう。この価値に世間が気づいたら今よりどんどん値上がりするかもしれません。
「天然モノが安く流通している今のうちに食べておいて、ジビエの知識を深めることをオススメします!」との杉本先生のお言葉が印象的でした。
3-3.野生動物のお肉は衛生面でキケン…?
兵庫県で行なわれたE型肝炎ウィルス抗体保有調査では、家畜のブタやイノシシよりもシカの方が格段に抗体保有率が低かったという調査結果になったそう。家畜のブタよりも野生のシカの方が保有率が低いなんて、意外な結果ですよね。もちろん全てのお肉に言えることですが感染する可能性はゼロではありませんので、生食は絶対避けて加熱処理が必要です!
また、近年のジビエブームもあり、厚生労働省から「野生鳥獣肉の衛生管理に関するガイドライン」が策定されました。各都道府県ごとにこういったガイドラインがつくられていたのですが、とうとう国も動いた!ということで昨年話題になったんです。
「野生動物の衛生面は心配だから、以下のようにきちんと処理してね!」という内容なのですが、かなり具体的に狩猟方法などについての決まりが書いてあるので勉強になります。チェックしてみてください!
4. さいごに
今回のジビエフォーラムに参加して、獣害対策の利活用の視点で「奪った命を捨てるのはもったいない」という意識からもうワンステップ進んで、「おいしいから食べよう!」という状況になりつつあるんだな、と実感しました。
また「海の幸だけでなく、山の幸もおいしく食べよう!」という言葉がとても印象に残りました。「山の幸」といえば茸や竹の子が真っ先に思い浮かびますが、「山にはお肉もある」ということを皆さん忘れがちではないでしょうか?
そんな「山の幸」をちょっと試してみたいという方には、シカ肉をつかった肉まん「京都もみじ」をオススメします。美味しい&安全であることはさることながら、収益の一部が京都府の農山村再生に使われる京都村マークがついています。
農山村のおいしい「山の幸」を食べることが、農山村の支援になります。イベントなどで販売していますがネットからでもご購入いただけますので、ぜひ一度ご賞味ください!
5. おまけ「シカナイさん登場!」
実は試食会の終盤に特別ゲストとして我らがシカナイさんが登場!「かわいい〜!」というお声とたくさんのカメラが向けられ、テンションが上がり気味のシカナイさんでしたが、「京都もみじ」を宣伝するという任務をしっかり成し遂げました。
閉会後は出入り口で参加者の皆さんをお見送り。その際はたくさんの方と写真を撮っていただき、シカナイさんも楽しそうでした。
今後もこういったイベントにどんどん参加していきたいと思っておりますので、お気軽にご連絡ください!
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“ミクタン”の愛称で呼ばれる、「mixひとびとtango」。
6回目を迎えた今年は5月17〜19日・24〜26日の期間中に、京丹後市内の約40カ所で丹後の自然、食べもの、暮らしを活かしたさまざまなイベントが行われました。 今回取材させていただいたのは5月17〜18日の2日間。限られた時間の中でたくさんの人と出会い、おどろき、そして道に迷いながらも丹後をぐるぐるまわってきました!

京丹後とは?
京丹後市は京都府北部、丹後半島に位置し、内陸部には標高400~600mの山々が連なっており、海と山に囲まれた自然豊かな土地です。平成16年4月、峰山・大宮・網野・丹後・弥栄・久美浜町が合併し、市制が始まりました。


田植えのはじまり。
まずわれわれが向かったのは久美浜町金谷にある川上村。集合場所は企画者である山添さん宅の倉庫でした。「田んぼに水を張りすぎてもて、いま水の量を調節してるからちょっと待ってーな」とのことで、ひとまず机を囲んでメンバーの方たちとお喋りしながらのんびり待つことに。
1時間ほど経って、いざ田植え決行!素足を泥に入れてみるとじんわりと温かく、やわらやかい。泥に足をとられるので、一歩ずつ後ろへ下がっていくのもひと苦労。
手に持った苗の束から3〜4本の苗を取って、木枠の前後に植えていきます。手持ちの苗が無くなったら苗を投げて(!)もらうのですが、受け取りミスにはもれなく泥の跳ね返りが待っています!
植え終わったあとの田んぼを眺めると、ちょっとイビツに並んでいる苗たちも、自分たちが植えたんだなあと思うと愛らしく思えました。今までこんなふうに田んぼを眺めたことなかったなあ…。
手 足についた泥を山からの水で洗い流したら、みんなでお昼ご飯です。炊きたてごはんのおにぎりは、もちろんこの土地のお米。一粒一粒がおおきくて、あまい! 私たちが植えた苗もおいしいお米になって、おいしく食べてもらえたらいいなと思いつつ、次のイベント会場へ向かうのでした。

イビツに並ぶかわいい苗たち。

なんと最後にばっくり2つに割れてしまった木枠。修理する山添さん。

ライブを楽しみながらの一杯。贅沢です。

伊根町の海産物もふるまわれました。
実は今回の取材旅行ではこの竹野酒造さんでお泊まりさせていただくことになり、代わりにこの「蔵舞bar」のお手伝いをすることに。
昼過ぎに到着したときには皆さん準備で忙しそうにしながらも、和気あいあいとした雰囲気でした。
実際にイベントが始まってみると、想像以上のお客さんの多さと、目のまわる急がしさにビックリ!
来場された方々は地元の方はもちろん、遠方から来られている方、子ども連れの方や学生、おじいちゃんおばあちゃん、外国人の方もグループで来ていたりと、まさにmixひとびと!
おいしいお酒とおいしい食べ物、すてきな音楽が丹後の雄大な空のもとに集まり、こんな空間が楽しくないわけありません!
15時から始まり、終わったのは21時。実はここからスタッフの打ち上げが盛大に行われ、夜はふけていったのであります…。



握ったシャリにネタをのせていきます。

地元の魚屋さん。どんどんさばいていきます。
昨夜は疲れきって泥のように眠りましたが、朝から楽しみなイベントが待っていたので6時には起きて身支度を整え、向かったのは弥栄町和田野。
待っていたのは今朝、日本海でとれたばかりの新鮮な魚たち。このイベントは、古代米入りのシャリを握り、旬のネタでお寿司を食べましょうという超贅沢な企画なのです!
用意されたのは白イカ、カワハギ、サバ、マダイ、トビウオ、マルゴ、ホウボウ。これらの魚を地元の魚屋さんが手際よくさばいていきます。私たちも下処理をお手伝い。みんなで準備すれば早く食べられる!という熱意が感じられました。
あっという間に約400貫ほどのにぎり寿司が完成。
みんなで食べる前にすこしだけ、今回使われた古代米についての説明がありました。
「今回は約1300年の歴史がある古代米の紅むすめ(赤米玄米)を、白米に少し混ぜて使っています。白米とまぜる ことによっておいしさが引き立つんです。」とのこと。
「白米のお寿司もおいしいけど、古代米のお寿司の方が好き!」という方もいらっしゃいました。
実際に食べてみると、古代米がまじった酢飯とお魚がよくあっていてビックリ!たくさんあったにぎり寿司は、ひとつ残らず綺麗に食べられました。

さて、みんなでいただきます!

出来上がったお寿司たち。ひとつひとつ違う表情。
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みんなで一列に並んで、田植えのはじまり。

苗が植えられた田んぼには米ぬかを撒きます。
朝からお腹がいっぱいになり、次に向かったのは田植えです。2日連続で田植え体験なんてなかなかできるものではありません!
場所は弥栄町芋野。行ってみると地元の子供たちがたくさん集まっていました。
今回の田植えは朝にも食べた古代米7種を植えるというもの。芋野の赤米は約1300年前の奈良時代に平城京に納めたという記録が残っているそう。住民の皆さんで保存会をつくり、今も大切に受け継がれています。
田んぼの端から端までロープを渡して、ロープに打ってある点に合わせてみんなで一列ずつ植えていきます。
「週 明けに学校でも田植えすんねんけどなー」と言いつつ、大はしゃぎの子どもたち。どっさりの束を植えてしまった子には「ようけ束ねて植えたら味が落ちるんや でえ!3本ずつ数えて植えて!」という注意が飛んでいました。おいしいお米のために大事なことを学びながら植えていきます。
田植えが終わったらみんなでお昼ごはん。ばらずしや、赤米のポン菓子などがふるまわれました。
最後は古代米の記念碑の前で集合写真!秋の収穫が楽しみです。

田植え後にみんなでお昼ごはん。

最後に記念写真!

五十河の古民家のひとつ。立派な茅葺き屋根です。

談笑しながらよもぎ餅をつくります。
おやつ時に着いたのは、大宮町五十河(いかが)にある民家苑。ここにはダムに沈むはずだった古民家などが3軒移築されていて、現在では地元住民やNPO団体などが協力して管理し、農村体験ビジネスなどを行っています。
ちょっとした丘の頂上に昔ながらの茅葺き屋根の古民家が並んでいるので、まるでタイムスリップしたかのよう。
この古民家のひとつで、ミクタンにあわせてよもぎ餅づくりのイベントをしていらっしゃいました。
「生地をちょっと伸ばしてアンコをくるんで、手のひらで転がすの。簡単よ。」
おばあちゃんは慣れた手つきであっという間に丸めていきます。なんとか見よう見まねで自分たちで丸めたよもぎ餅を食べてみると、出来立てのよもぎ餅のおいしさと言ったら!
「やっぱりその場で作って食べてもらうのが一番やね。」
おいしいお茶もいただきながら、開放的な古民家でのんびりと一息…とっても癒された時間でした。

古民家の土間にあるカマド。今でも現役で使われています。

ひとつひとつ丁寧に丸められたよもぎ餅。ふわふわです。

ちいさくてかわいい小学校。

手づくり絵本教室のようす。
市立郷小学校。140年の歴史があるこの小学校は今年の3月に廃校になったばかり。
閉校した学校で「大人と子どもの登校日」と題して、「手づくり絵本教室」や「地球の『迷い方』」講座、身体ワークショップなどなど、学校では普段教わらない楽しい授業が繰り広げられていました。
また、同時開催の手づくり絵本展「アントキノキモチ〜絵本展〜」では、展示してある本の中から気に入った本を1冊ゆずり受けることが出来、ゆずり受けたひとのキモチを展示するという取り組みが行なわれていました。
廃校になって、学校としては使われなくなっても、これからまだまだ色んな使われ方の可能性があると感じさせられるイベントでした。

ちいさなカフェ。手づくりのお店は段ボールでつくったそう。

“アントキノキモチ”が展示してありました。

丹後をめぐった2日間。とんでもない快晴に恵まれた取材となり、そのおかげで風景の写真を撮ると新緑の美しい緑と突き抜けるような青い空が味方してくれました。2日間の弾丸旅行となり、体力的に少しハードな今回の取材でしたが、各イベントで頂いた食べ物のおいしさに救われたことは言うまでもありません。何が一番おいしかったかと聞かれると困りますが、やはりお米がおいしいというのは、日本人の主食を押さえているという点でポイントが高い。そして日本海でとれた新鮮なお魚、おいしいお米で作ったおいしいお酒…などなど、おいしいものが山ほどあるので、やはり一番と言われると難しいワケです。しかもこれが秋になるとおいしいものがまたドカッと増えるのですから大変です。あえて言わせていただくなら、ひと仕事終えてからみんなで食べるごはん。これが一番おいしかったです。
文章:はやしりえこ/はしもとなつみ
イラスト:はやしりえこ
写真/レイアウト:はしもとなつみ
2014年7月
ご協力:mixひとびとtango2014に参加したみなさま
http://www.mixtango.com/
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トチの木のことをご存知ですか?
高さが25m以上になることも珍しくない大きな広葉樹で、水気を多く含んだ土壌を好むため、沢の近くで育ちます。
この木から実るトチの実は古くから保存食として重宝されてきました。
そのトチの実を使って自分たちの集落を発信しているのが、京都府綾部市にある古屋というところです。

「京のまちが開かれるまえからずっと続いているかもしれないこの集落を廃村にしたくない。このおかきづくりは廃村にしないための基礎づくり。」
と、語ってくれたのは今回古屋の案内をしてくださった渡邉和重さん。
9年ほど前に東京からUターンし、水源の里 古屋の代表として古屋の窓口をされています。

5世帯6人のいわゆる過疎高齢化集落の古屋。 村おこしを始めたのは8年前(平成18年)、綾部市が制定した水源の里条例(※)がきっかけでした。
「あの時に立ち上がってよかったよね。あと3年遅かったらさすがに無理だったかも。 みんなまだ70後半から80歳過ぎやったもんね。」
と、笑いながら立ち上げのときのお話は始まりました。 そうなのです、いま現在活動しているおばあちゃんたちは80〜90歳のスーパーおばあちゃんたちなのです!
(※)水源の里条例
「上流は下流を思い、下流は上流に感謝する」を合い言葉に、過疎・高齢化が進み、共同生活の維持が困難な集落を「水源の里」と位置付け、これらの集落の振興と活性化を図るための活動。

8年前、いまのままでは村が無くなってしまうという切実な思いから立ち上がったおばあちゃんたち。
約1年をかけてトチの実を使った商品開発を行いました。

「トチの実を拾って、流水にさらして、干して、あっためて、皮をむき、アク抜きして…トチの実の下ごしらえするだけでものすごく大変なんです。」
元々、トチの実をつかったお餅が保存食として一般的だったので、このあたりのノウハウはおばあちゃんたちにとってはなじみの工程だったそう。
「実の準備が終わったら餅米と一緒に蒸して、こねて、棒状にして乾かします。
数日たったら薄く均等に切って、それを約1ヶ月間日陰干ししたらオーブンで数分焼いて、完成です。それを1枚ずつ袋に詰めてラベルを貼るところまですべておばあちゃんたちの手作業。もちろん無添加です。」 完成まで3ヶ月はかかり、1日に60袋つくるのが限界だそう。


こういった活動がメディアにも取り上げられ、徐々に知られるようになりました。 今では「古屋でがんばろう会」という都市部からのボランティア団体ができ、年間500名ほどの人たちがトチの実拾いや雪かきなどの手助けをしにやって来てくれる。 もちろん、最初はこんなに大勢の方が来てくれるとは、夢にも思っていなかったそう。
「若い人たちとの交流のおかげで元気がもらえる。 険しい山の中にトチの実を拾いにいくことも私たちだけでは出来んし、 本当に助かってるんよ。」
そう、活動の源であるトチの実が拾えるところはかなりの山奥。 実際に案内していただきました。

15分ほど川をつたって登っていくと、大きな大きなトチの木が目の前に。
この森で数百年も生きている生命力に圧倒されました。

「このあたりで秋になると大体400kgくらいのトチの実が取れます。」
「土と水があわないと育たないトチの木がこれだけ立派に育っている。
この森を守っていかないといけない。」
トチの木の生えている周囲はぐるりと網で囲まれていました。
この作業を手伝ってくれたのもボランティアの人々だ。
「この網がないと、あっという間に鹿に全て実を食べられてしまうんです。」

さらに川をつたって森の奥へ進んでいくこと約5分。 山の斜面の中腹に石で囲まれたところから水がぽたぽた滴っていました。
「これが古屋川の水源です。上林川、由良川と合流し、日本海に流れます。」
確かにこの上の斜面を見ると、水が流れていません。 教科書で見た、山から水が湧き出て川が始まっているんだ!という事実を自分の目で初めて見て感動した取材陣でした。
実際に飲んでみると、ほんのりあまい、本当においしいお水でした。

この森を守っていくことも、トチの実を拾うのも、生活を維持していくことも、古屋の住民だけではできないのが現状です。 そのことを受け入れて、外部の人たちに手助けしてもらいながらいろんなことが成り立っています。
「8年前までは出来ない理由を探していた。 でも、一回それらを全部捨てて最後のチャンスと思ってやってみたら、ここまでこれた。」
今後は空き家を改装して、村に来た人たちが泊まれるようにしようというプロジェクトも始まるらしい。
小さなトチの実から大きな波が生まれてきている。けれどもおばあちゃんたちはマイペース。
「忙しいときは朝から晩まで毎日働くこともあるけど、無理のない範囲でトチの実であそばしてもろてる。」

このトチの実の更なる特産品づくりも考えている古屋のみなさん。
「アイデアは常に募集中!どんどんやってかんとね」
まだまだやったるで!と言わんばかりのおばあちゃんたちに負けないパワフルな方、アイデアお待ちしてます。
もちろん、トチの実拾いや鹿除けネット設置のボランティア、ただ話を聞きにいくだけでもいいので、とりあえず一度古屋に行ってみて下さい。
きっとまたおばあちゃんたちの笑顔に会いにいきたくなります。

古屋に到着すると、渡邉さんと3人のおばあちゃんが出迎えて下さった。さっそく地域や取り組みについてお話を伺ったが、廃村なんてそうは問屋がおろさねぇと言わんばかりの力強さだった。 90歳のおばあちゃんがスーパーカブを乗り回し、最近新調までしたと聞いた。私の知っているおばあちゃんじゃない。 「トチの木を見せてあげる」と渡邉さんに案内されて入った山奥。「クマが出るからこれ付けておいて」と渡された鈴。恐ろしさを感じながら道なき道を歩き、辿り着いた先には湧水の起点と樹齢数百年のトチの木。その木に触れた瞬間、何とも言えない安らぎの気持ちにさせてくれた。ひんやりと冷たい木の体温を感じながらこの村を残していこうと決めた古屋の人達の顔を思い浮かべた。 今年の秋はトチの実拾いかな。(2014年5月)
文章:はやしりえこ/はしもとなつみ
イラスト:はやしりえこ
写真/レイアウト:はしもとなつみ
ご協力:古屋のみなさん
古屋でがんばろう会FBリンク
2014年6月
植物を育てようと思ったらまず土からつくるように、地域を育てようと思ったら、人から育てていく。まわり道かもしれないけれど、土台をつくることはとても大事な過程だ。
「ひとつのことにこだわるのが大事。そして継続すること。」
京都府京丹後市大宮町の奥大野区長の川口さんは言います。

元々は市役所で農業関係のお仕事をされていた川口さんは政策を進めていく中で、思うことがあったそう。
「農業のイベントで町おこしをする前に、地域にそういうことをする態勢が無かった。 だからまず5〜10年かけて人を育てていかなくちゃいけない、と。」
そこで村づくり委員会をつくり、さまざまな活動を継続してきた。 奥大野と常吉の街道にある家々の軒先にサクラソウのプランターを並べる 「花いっぱい運動」はもう20年以上も続いている。
「自分たちが楽しまないと長続きせんよね。」

そして昨年(平成25年)からは新しい活動へステップアップ。
農家の家に泊まり、農家のくらしを体験する「農家民泊」がスタートしました。
立ち上げた翌年には横浜の中学校から修学旅行生を受け入れることに!
27名の修学旅行生を6軒の農家で迎えたそう。
地域の協力が無ければ成り立たないプロジェクトだ。
「修学旅行生を受け入れたのは京丹後市でこの村が初めてだったんじゃないかな?」
「ボランティアじゃなくて、地域にちゃんとお金もおちるし、なによりも日帰りではなく泊まることによって交流も深まる。
一泊だけだったけど、見送るときはウルっときたね。」
20年以上前に蒔いたタネがようやく咲き始めた。
まだまだこれからと言わんばかりの川口さん。
そんな川口さんのお宅、「農家民泊 シャロームガーデン」に宿泊させていただきました。

さっそく晩ごはんの準備を手伝うことに。丹後の郷土料理である「ばらずし」の盛りつけを初めて体験しました。

おいしい食事のあいだもそのあとも楽しい会話は止まりません!初めて来たはずなのに親戚のお家に来たような感覚でした。

次の日の朝、川口家のご自慢のお庭、シャロームガーデンを見せてもらいました。

お花が大好きな匡美さん。 花いっぱい運動にも積極的に関わっておられ、 9年前からはガーデン仲間たちと「京丹後オープンガーデンネットワーク」という グループをつくり、各家庭のお庭を開放するイベントなどを企画するほどに!
「道路沿いに自分たちで育てた綺麗なお花がブワーっと並んでるのを見ると嬉しくなっちゃう。」
本当に楽しんで活動していることがひしひしと伝わってきました。
次に、昨夜の会話で「ぜひ行きたい!」となったある場所へ案内していただきました。

「丹後の穴」と言われているこの穴は、元々は野菜の保管庫として掘られたものです。
このあたりでは今でも使われている穴があるそう。
「地元のもんにしてみれば何にも珍しいものでもないけど、そとから来た人に案内すると喜んでくれるんだよね。」
私たちも予想以上の中の広がりに大興奮!でした。
中はひんやりとして、奥は光が全く入らないのでライトが手放せません。
音もよく響くので、最近ではコンサートをこの中でしてみたりなど、新しいコンテンツとなって使われています。

昔この地域に住んでいた人々が生活のために使用していた自然の倉庫が、今では貴重な地域の宝物となっています。

シャロームガーデンを出発するときに記念写真を撮りました。
三脚を出してきて、みんなで並んで撮影したときはなんだかすこし照れくさく、あたたかい気持ちになりました。
地道にゆっくり時間をかけて育てられた奥大野という地域。
「まだまだこれからも発展していきたい」と川口さんは言います。
これからも成長を続けていく奥大野にはまだ誰にも気づかれていない宝物があるはずです。
皆さんも一度、奥大野へ足を運ばれてはいかがでしょうか?

奥大野の道には、たくさんのサクラソウがあった。一本道の両サイドに続くサクラソウの姿は決して目立つものではなかったけど、帰りを待ってくれている家族みたいな花で、なんだか心が和らいだ。奥大野の区長さんでもある川口さん、その頼りがいのある風貌は「お父さん!」と呼んでしまいそうになるし、奥さんの匡美さんは大好きなガーデニングについてずっと話してくれた。ずっと笑っていて、なによりこのウェルカム感が嬉しかった。昔、親戚のお家でいろんなお話をしてもらった思い出がふわっと戻ってきて、このまま帰りたくないなーと炬燵に入りながらみんなで話した時間は一生もの。(2014年5月)
文章:はやしりえこ/はしもとなつみ
イラスト:はやしりえこ
写真/レイアウト:はしもとなつみ
ご協力:川口さんご夫婦
2014年6月
「野菜あんまりそろっとらんねえ。」
「今の時期はどこの農家さん行っても無いんですよね。
でもこっちのやつはさっき採ったばかりだからおいしいし新鮮ですよ。」
こんな会話が聞こえてくる百貨店をご存知ですか?
京都府京丹後市大宮町の上常吉にある「つねよし百貨店」。
ここは日本一小さな百貨店です。

平成10年に地域住民が出資し、自主運営するかたちで誕生した「常吉村営百貨店」。
現在は「つねよし百貨店」と名前を変えて、「常吉村営百貨店」の理念を受け継ぎながら、地元住民による任意団体が運営しています。
百貨店には食料品や日用雑貨だけでなく、宅配便や買い物に来られない高齢者宅への配達など生活に必要なサービスまですべてを揃えられています。
また地域の様々なイベントも行い、コミュニティの場としてもなくてはならない場となっています。
「(百貨店が無くなるのは)もったいないと思った。
内情も知っている分、大変だとは分かっていたけど…。」
「常吉村営百貨店」を引き継ごうと決めたときの心情を、東田一馬さんはこう語ります。

一馬さんは「常吉村営百貨店」の運営や地域活動を半年間経験され、その後家族で常吉に移住し、今ではご夫婦で「つねよし百貨店」の運営をサポートしています。
今回の取材では、常吉の案内をしていただきました
Q.「『つねよし百貨店』になったことで変わったことはありますか?」
A.「良い意味で肩の張った感じがとれてきたと言いますか…
始まりは、買い物難民をどうにかしなくては!という『住民のため』の部分が大きかった。
今は、いいお店、いい場所、みんなの集まるところをつくりましょうという感じです。」
Q.「みんなが集まるのに工夫したところはありますか?」
A.「売り場面積はまえの4分の1くらいでしょうか。
壁にズラッと並んでいた商品棚をやめて、自由に使えるスペースを増やしました。
壁の木が見えるので雰囲気もだいぶゆったりしたと思います。」


昼間はお客さん(というより近所のおじいちゃんおばあちゃん)が入れ替わり立ち替わりやってきてはお店のスタッフさんと楽しそうにお喋りしていって、夕方には学校から帰ってきた子供たちが遊びまわっている。
まさに、みんなの場所だなあと感じました。

つねよし百貨店を出てすぐにどこからともなく聞こえるガシャーンガシャーンというリズミカルな音。 一馬さんが「こっちだよ」と案内してくださったお宅には、ものすごい重量感のある機械たちが!

「子供もみんなおらんからね、今でも朝から晩までここ(はた織り場)におるよ。」
丹後では、はた織り産業がとても盛んでしたが、織物をしている家も今ではピークの10分の1以下だそう。
この家のおばあちゃんは本当にお元気な方で、機織り機が鳴り響いているのもなんのその、あれは何?これは何?という、はた織りビギナーな取材陣の質問にハキハキ答えてくれました。

次に案内されたのは常吉のアイコン的存在である、平地地蔵。
なんと高さが5.3メートルもあります!

地域のみんなでお花見をしたり、イベントを開催したりといろんな機会で使われているそう。


さて、つねよし百貨店に戻ると、学校から帰ってきた小学生たちがたくさん遊びにやってきていました。


一馬さんにこれからの百貨店についてどう思っているのか聞いてみた。
「村の人たちの暮らしを維持できる場所でありたいと思う。」
イベントなど関係なく、普段の生活のなかで自然に人の集まる場となった百貨店。
利益倍増や業務拡大を目指すのではなく、この小さなスケールでできる範囲を続けることが大事ということでしょうか。

常吉で出会った人々は年齢問わず、みなさんパワフル。 それでも人口は減少し続けています。
山間部にあるこの小さな村で暮らすことは、楽しいことだけではなく、苦労することもたくさんあるでしょう。
でも、みんなの集まる場所がある。言うなれば村の居間でしょうか?
そこに行けば誰かの知恵をお裾分けしてもらえるかもしれない。
ただ話をするだけで気持ちがラクになるかもしれない。
そんな場所があることが、ここに住みたい理由に十分なると感じました。
「ここは水がおいしいから、何育てても美味しいんですよね。
美味しいものが食べたいからお店をやるのが楽しいんです。」
と、笑顔で話す一馬さん。
美味しいものが食べたい方にとっても、住みたくなるところみたいです。
最後に、これからの常吉にどんなひとが住んで欲しいか聞いてみました。
「昔ながらの生活がいいな、と思う人に住んで欲しいかな。
特に食の大切さや、暮らし、子育てを大切にしたい人。
僕自身、息子のためにこういう暮らしを残したいという思いでやっているので。」
「おいしい水、新鮮な魚、野菜、お米が揃う地域なので、最高の素材を活かしてくれる、ワールドワイドで超一流のシェフ、パン職人、パティシエさん、お待ちしています! ただし、都会のようなマーケットはないので儲けは期待しないでくださいね。」
「暮らし」にこだわった生活に興味のある方は一度話しを聞きにいってはいかがでしょうか?

以前、一馬さんから「常吉はとってもあたたかい地域で、すごくいいなと思って移住した。」という話を聞いたことがあり、あたたかい地域って一体どういうことなんだろうと思ったことを覚えている。
そして迎えた今回の取材。とにかくみんなよくしゃべる。聞かれていないこともしゃべる。とっても楽しそうにしゃべる。夕方になると子供たちが帰ってきて ドッジボールが始まり、怪我して泣いてまた遊ぶ。そこにあるのは誰もが通過してきた時間。ありのままの集落、背伸びはしない。忘れかけていた「ありふれた 時間」を思い出させてくれる常吉の人々。東田さん夫婦がここで生きていくと決めた理由が見えた気がする取材でした。(2014年5月)
京都府南丹市にある日吉(ひよし)町世木(せき)地域、ここは殿田(とのだ)区、木住(こうずみ)区、生畑(きはた)区、中世木(なかせき)区の4つの集落が川と山に囲まれています。
「ここの地域は手のひらのカタチになっているんだよ。」
と教えてくれたのは、今回世木を案内してくださった南丹市役所 日吉支所の浅田さん。


川と山に囲まれた土地だからこそ生まれる「どんつき」(突き当たり)。 この地域の人口や生産力もどんどん低下していき、「どんつき」の底に手が届いてしまうかもしれない。 そんな状況のなか生まれたのが「世木の里づくり委員会」。各集落から人が集まり、活動が始まったのが2年前。そこからいくつもの企画が生まれ、実施されてきました。
「地域資源の扱い方についてみんなで話し合う場ができたこと。それと地域外から持ち込まれた企画について、まず話を聞いてみようというスタンスができたのが大きい。」
活動について説明していただいた際、資料としていただいたのが「世木の里づくり委員会通信」。活動の進捗状況や、イベントスケジュールなどを載せ毎月発行しているのです。

「こうして過去の実績をこまめにまとめておくことで次の話ができる。」
決してパソコンが得意なわけではないけれど、やらないと!という思いから実際にやってみて、継続している。その小さな積み重ねが活動の礎となっているんだろうな、と感じました。
お話を一通りしていただいたところで、実際に世木地域を視察へ。 雨が降ったり止んだり、強い風が吹いたりした不安定なお天気のなかでの取材でした。

「え?ここで?」っと思わず声に出してしまうくらい、いきなり道端に車が停車。
「見てごらん、あっちの方」
と言われても一瞬どの方かよく分かりませんでしたが、よく見てみると、川の底がそのまま地上に出て来てしまったような一帯がありました。

「去年の台風18号で畑に川が被ってしまったの。今年の田植えはもう間に合わない。いつ片付くのかもよくわからない。」
被害が大きく報道されていない地域でも、台風の爪痕がこんなにも残っていることに衝撃を受けました。
しかしこの付近では毎年、川のカタチがわかるくらいの蛍があらわれるそう。
今年もたくさんの蛍が飛び交うことを願っています。
さて、次に訪れたのは小さな倉庫。

シャッターを開けると、そこには大きな機械が!

「これがあれば他の農家のお米が混じることなく、自分のとこのこだわったお米だけを乾燥させて、玄米にできるようになる。」
と、嬉しそうに話してくださったのが、農家の新矢さん。
この乾燥機は「世木の里づくり委員会」の農業関連グループが導入したもの。今年の収穫から使用されるとのこと。
「化学肥料を使わず、家畜の糞や落ち葉などで土からこだわって無農薬で育てたお米も、今までは農協の乾燥機で他の農家さんのと混じってしまっていたけれど、これがあれば自分でつくったものを自分で食べられる。これは嬉しいですよ。」
逆にいままで、それができていなかったことに驚いてしまいました。自分でつくったものを自信をもって売り出すことができるということは、ブランドとして売り出せる可能性があります。
…と、ここで嬉しい事実が発覚。 実は新矢さん、いのちの里 京都村の「京都村エクスプレス(※)」でお野菜の提供をしてくださった農家さんのお一人だったのです!

お野菜を提供していただきましたが、実はお会いするのは初めてでした。
「そんなに大量に持ってってもらってるわけでもないけど、どうせ食べきれなくて捨てちゃうものがちょっとしたお小遣いになるしね。こういった取り組みに参加できてみんな喜んでるよ。」
と、嬉しいお言葉をいただいて感激でした。
ニコニコしながらお話してくれた、笑顔が素敵な新矢さん。またよろしくお願いします。
山道をどんどん登ってたどり着いたのは、昨年の台風18号による大雨の際に大活躍した日吉ダム

過去最大の雨水流入を受けながら限界まで水を溜め込んで下流の被害を最小限にとどめ、京都市街地への甚大な氾濫被害を回避しました。
この日吉ダムのすぐ下にあるのが、道の駅「スプリングスひよし」。

温泉やプール、BBQ施設なども兼ね揃えてた複合施設で、観光の方だけでなく地元の方の出入りも多く見られるところでした。

お次は、山間部であるがゆえに大音量の音が出せるというメリットを活かし、音楽フェスなどの会場にもなったスチール®の森 京都(府民の森 ひよし)へ。

「自分たちで何かしないとね、誰も動いてくれないよ。」
と、力のある言葉でお話してくれたのはここで働いている片山さん。 スチール®の森 京都の中心部、森の広場にある資料館に展示してある様々なワークショプの企画についてお話を伺ったときに印象深かった言葉です。
散策できる森に囲まれた大きな広場、たくさんの宿泊施設や木工室、大規模なドッグランもあります。 立派な施設がたくさんありますが、寒い冬の時期には何もできない。この問題をどうするか?


もうひとつご紹介したいところが、宿泊施設「木もれ陽の宿 日吉山の家」です。

中に入ってまず出迎えてくれるのが、きれいな囲炉裏でした。

純和風の客室と和室の大部屋(宴会もできますとのこと)がある本館のほか、コテージやBBQハウス、小さなグラウンドもついています。
目の前に流れている清流には、初夏には蛍も飛び交うそう。
玄関にはスポーツ合宿で訪れた子供たちのネームプレートがいくつも飾ってありました。確かに、合宿や研修におすすめな環境でした。

「今までこんなことをしてきたんだけど、次はこうするんだ。」
あいにくのお天気でしたが、半日の間にたくさんの場所へ連れて行っていただいて特に印象的だったのは、この言葉に何度も出くわしたこと。
資源もあり施設もあり、そして何より話あえる人、やってみようという人がいる。地域にとって、それが一番必要なものではないでしょうか。
最後に、日吉支所の浅田さんからのメッセージです。
「どんつきの村だからこそ、何かに活かせる可能性があるかもしれません。 雪だらけの冬の時期にしかできない楽しいイベントを作ることができるかもしれません。 通り過ぎることのできない、道の終着地として、この村に行ってみたいと思えるような、 そんな『どんつき』を逆手にとったアイデアをお待ちしています!」

地域全体を5本の指で表すことができ、地図を広げて世木地域に掌を重ねると、それぞれの指に沿って川が延びていく。そしてその先に待っているのがどんつきだという。昔話のような説明を受けたとき、なんてかわいい集落なんだと思った。
取材中には「○○さんが作ったお米がものすごおいしかったんや!どやって育てたんか聞きにいってきたわ!」と熱く話してくれる農家さんに出会い、農家さんの職人魂に火が付いた瞬間を見た気がして胸が熱くなった。かっこいい。
帰宅間際、ゆるキャラのゆっぴ~を眺めていたら、「あれ、バリィさんより先やってんで」とぽつりと説明を受け、爆笑してしまった。この日からゆっぴ~派となることを誓ったのは言うまでもない。
文章:はやしりえこ/はしもとなつみ
イラスト:はやしりえこ
写真/レイアウト:はしもとなつみ
ご協力:世木地域のみなさん
2014年5月